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マーチ家の小さな婦人 『若草物語』


 19世紀後半のアメリカを舞台に、マーチ家の四姉妹の成長を描いた『若草物語』は、原題を『Little Women』(小さな婦人)という。
 父親から娘たちに宛てた手紙のなかでも使われているこの呼びかけは、マーチ家の四姉妹が幼い子供でもただの少女でもなく、いまだ発展途上ではあるものの立派な人格を持った一人の女性であることを意味している。父親は娘たちを半人前扱いせず、あくまでも自分たち大人と同じ価値のある存在として見ているのだ。

 両親のこうした愛情に包まれながら、四姉妹は少しずつ行動力を身につけ、みずからの欠点を克服していく。スタートは別々でも、目指すところは四人とも同じだ。それは「質素で従順で謙虚、かつキリスト教的な博愛の精神に満ちた婦人になること」である。『若草物語』は、早い話が良き妻良き母親になるためのテキストなのだ。だからこそ発表当時から絶大な人気を博し、これまでに何度も映画化されてきたのだろう。だが『若草物語』がただの古臭い教訓話だったら、これほど長くは読み継がれなかったに違いない。


〈四人は夕暮れの光に包まれて、せっせと編み物をしているところです。外は12月の雪がしんしんと降り続け、中では暖炉が楽しげにぱちぱちいっています。敷き物こそ色あせ、家具なども飾り気はないけれど、居心地の良い、時代がかった部屋です。壁には上等の絵が二つ、書棚には本がぎっしり。窓辺にはクリスマス・ローズが咲き、平和な家庭の楽しげな雰囲気が部屋中に満ち満ちています。
 「では、お姉さま。ジョーがおてんばでエイミーが気取り屋さんなら、わたしはなんでしょうね?」
 「あなたは良い子、それだけよ」
 お小言に預かりたくて尋ねるベスに、メグがにっこり答えます。誰も意義なしでした。ベスは一家のお気に入りだったのです。〉

 少々見栄っ張りではあるものの、長女らしくおっとりと穏やかな16歳のマーガレット。文学少女でありながら、少年のように闊達で直情的な15歳のジョセフィン。人一倍のはにかみ屋だけれど誰よりも心優しく、ピアノが大好きな13歳のエリザベス。末っ子特有の自分勝手さはあるものの、絵の才能に恵まれ天使のように愛らしい12歳のエイミー。物語は、マーチ家の四姉妹がプレゼントひとつない寂しいクリスマスに耐えながら、母親とともに健気に留守を守っているところからはじまる。
 折りしも当時のアメリカは、南北戦争のさなかにあった。牧師である父親は従軍してしまい、暮し向きは決して楽とは言えない。四姉妹の胸中には絶えず小さな不満や心配事があったものの、彼女たちはどんなときでも笑顔を絶やさなかった。次女のジョーが言うように、彼女たちは互いに助け合い、慰めあう「愉快な仲間」だったのである。そしてこの父親不在の1年間に様々な事件が起こり、四姉妹の心の成長を促していくのだ。

〈「ジョーったら、この寒いなか、一体なにをはじめようっていうの? わたしみたいに火のそばであったかくしてらっしゃい」
 「火のそばでうたた寝なんていやだよ、猫じゃあるまいしさ。あたしは表でちょっと運動をしてくるからね」
 ジョーは外へ出ると、大車輪で道をつけはじめました。雪は軽くて、間もなく庭のまわりにぐるりときれいな道ができました。
 さて、この庭はマーチ家とローレンス家の境にあたっていて、低い生垣が両家を隔てていました。両家は町外れに建っており、木立や芝生や広い庭や静かな通りなど、あたりにはまだまだ田園の趣が残っていました。片方は古い茶色い家で、夏のあいだ壁を覆っていた蔦や柵に沿って咲き乱れていた花々も陰をひそめた今は、どうも寒々として見栄えがしません。もう一軒は堂々たる石造りの館で、大きな馬車小屋や手入れの行き届いた庭園に温室、どっしりしたカーテンから覗く華やかな調度の類に到るまで、見るからに快適で贅沢な暮らしぶりを偲ばせるものばかりでした。それでいてこの家は、年老いた老紳士と孫息子の二人きりで、ほかに訪ねる人もなく、どことなく寂しい感じがするのでした。〉

 旧大陸の人々が新しい自由を求めてメイフラワー号のタラップを下ってから、二世紀。その子孫たちがアメリカの地で代を重ね、独立戦争から半世紀を経るうちに、住まいも開拓者の丸太小屋からプロテスタント教徒らしい慎ましい一戸建てへと変化していった。マーチ宅も「寒々として見栄えがしない」ようなささやかな家ではあるものの、暖炉には赤々と火が燃え、居間には豪華な調度の代わりにかけがえの無い家族の顔が揃っていた。隣に住むローレンス家はインド貿易で財を築いた豪商で、その屋敷は四姉妹がうらやむものばかりで埋め尽くされていたが、のちに四姉妹と深い友情を築いていくローリー少年には両親がなく、寂しい毎日を送っていた。この二つを対比させることで、オルコットは真の幸福(温かな家庭)のありかを、より明確に描き出していったのである。

 この『若草物語』は、作者ルイザ・メイ・オルコット自身の家庭をモデルにしたものだと言われている。オルコットの生地はペンシルバニア州だが、故郷と呼ぶべき場所は、長い年月を過ごしたニューイングランド地方のマサチューセッツ州(州花はメイフラワー)だった。この地方を代表する都市ボストンは、新世界アメリカの自由を求めて、旧大陸のヨーロッパから次々と移民が降り立った港町でもある。ここでオルコットは、移民にまつわる抵抗や差別、奴隷解放をスローガンに国内を二分した南北戦争から、リンカーン大統領の暗殺までをつぶさに見つめ続けてきた。『若草物語』はそんな時代背景や看護婦としての従軍体験、過労で倒れたときに自慢の髪を剃り落とされた辛い思い出などを軸に書かれたのである。

 実際オルコットには四人の姉妹があり、本の虫で男勝りな次女ジョーは、オルコットの分身だった。オルコットは13歳のときから、みずからの手で「父には生活の安定、母には日当たりのいい居間、姉アンナには幸運、病身のべスには看護、末のメイには教育」を調達してやりたいと思い、長じては家族のための大黒柱となって苦しい家計を助け、みずからは結婚をする暇もないままに一生を終えたのである。


〈「楽しいことなんか起こりっこないなんて、もう言えないわね、メグお姉さま!」
「本当にそうだわ。去年のクリスマスにわたしがそう言ってから、ずいぶんいろんなことがあったわね」
 エイミーに答えてやるメグは、日常をはるかに超越した至福の夢に浸っています。それを見て、マーチ夫人が続けました。
「苦あれば楽ありということですよ。どこの家でもときどき多事多端な年が巡ってくるけれど、我が家は今年がそうだったのでしょう。でも、どうやらつつがなく終わってくれそうだわ」
 メグの結婚が寂しくてたまらないジョーは、「来年の暮れは、もっといいことがありますように」とつぶやくのでした。〉

 『若草物語』の魅力は、キリスト教的な博愛の精神と婦道を説いたところにあるのではない。南北戦争を背景に少しずつ変わっていく時代のなかで、社会(男性)の要請に応えながらも、四姉妹が自分らしい生きかたを模索していくところに最大のポイントがあるのだ。最終的には良妻賢母に収まるとしても、そこに到るまでには、それぞれにふさわしい自立への道が続いている。今日まで多くの読者が強い共感を覚え、励まされてきたのは、四姉妹が確固たる自己を持った「小さな婦人」を目指して歩んでいく、その姿そのものだったのではないだろうか。


文 倉林 章

参考文献
若草物語 L.M.オールコット・作/矢川澄子・訳 福音館書店
世界文学鑑賞辞典 鈴木幸夫 東京堂出版