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黒い森と魔女のごちそう−お菓子の家 『ヘンゼルとグレーテル』

 ここ数年、おなじみのグリム童話が、ちょっぴりホラー・タッチで紹介されるようになった。私たちが知っているのは子供向けに翻案されたもので、原作はこんなにコワイんですよ、ということらしい。
 グリム童話は創作ではなく、ドイツに残る伝説や昔話をまとめた「民間説話集」である。グリム兄弟は版を重ねるたびに本文に加筆修正をほどこし、物語としての完成度を上げていった。現在読まれているグリム童話は、最終版である第7版か、もしくはそれをもとに翻案したものである。たとえば『ヘンゼルとグレーテル』だと、第3版までは兄妹の母親は継母ではなく、実母になっている(『白雪姫』なども同様)。実母に捨てられるのではいささかショッキングなため、継母に変えたのだろう。

 それにしても、「お菓子の家」とは、なんと魅惑的な響きなのだろう。中に魔女がひそんでいるとしても、まずはひと口、かじってみようではないか。

〈「ねえ、おまえさん。明日、子供たちに一切れずつパンをやって、森へ連れて行こう。木が一番生い茂った、森の真ん中へね。そして子供たちを置いてけぼりにしよう。もうこれ以上、子供たちを養ってはいけないもの」
「なにを言うんだ、おまえ。かわいい子供たちを森のけだもののところへ連れて行くなんて、できやしないよ」
「おまえさんがそうしないんなら、わたしたちはみんなで飢え死にするしかないよ」〉


 木こり夫婦が子捨ての場に森を選んだのは、単に近かったからではなかった。南西部を覆い尽くす広大な森が「シュヴァルツヴァルト」(黒い森)と呼ばれているように、ドイツの森は暗くて深い。黒と見まがうほどの濃い緑色をしたモミの木が果てなく続き、一度迷いこんだら二度と出られないのだ。中世のドイツ人にとって、森とは獣と魔物のひそむ、恐ろしい場所だった。だからこそ、犯罪者が流れこむ無法地帯になり、老人や病人、子供などの社会的弱者が捨てられる場にもなったのだろう。日本では姥を山に捨てたように、ドイツでは森に捨てたのである。
 今でこそ考えられないことだが、中世までは、どの国でも子捨てや間引きが行われていた。労働力にならない口を養っていけるほど、豊かではなかったのである。中世ヨーロッパでは、7歳から、半人前ながらも労働力として見なされる。ヘンゼルとグレーテルの正確な年齢は不明だが、おそらく労働力となる年齢に達していながら働き口がなかったか、家業を懸命に手伝ってもパン代の足しにもならなかったのだろう。一家総出で薪を作っても、それが飢饉の年ならパンひとかけら分の金にもならない。母親が子捨てを選択したのも、しかたのないことだったのである。

〈その家はまるごとパンで出来ていて、屋根はビスケット、窓は砂糖で作られていました。
「僕は屋根から食べるよ。グレーテル、おまえは窓から食べろよ。とっても甘いぞ」
 ヘンゼルは、もう屋根をずいぶん食べてしまっていました。グレーテルも、丸窓を2、3枚は食べてしまって、もう一枚もぎ取ったちょうどその時、家の中から優しい声が聞こえてきました。「かじるぞ、かじるぞ、ぼりぼりかじる。わたしの家をかじるのはだれ?」〉

 「お菓子の家」と言えば、チョコレートやキャンディがいちめんにちりばめられたものをイメージするが、正確には菓子ではなく「パンの家」だった。屋根をケーキと訳しても良いが、ここで言うケーキは、隣国フランスのケーキのように、ふわふわのスポンジにクリームやフルーツを美しく飾りつけたものではない。ドイツでは焼き菓子全般を「ケーキ」と呼ぶため、ドイツ菓子らしい、やや無骨で素朴なビスケットを想像するのが、本来の姿に最も近いだろう。レンガよろしく積み上げられているのは、ドイツでよく食べられているライ麦パン、砂糖の窓は、粉砂糖を卵白で練ったアイシングだったと思われる。

 もう何百年も作られているドイツ菓子に、「レープクーヘン」、またの名を「二ュルンベルグのビスケット」と呼ばれているものがある。蜂蜜をたっぷり入れたしょうが風味のビスケットで、クリスマス・シーズンには欠かせないものだ。これは菓子である一方で、長い冬に供えるための、一種の非常食でもあった。「お菓子の家」の屋根は、ズバリこれだろう。ちなみにこのビスケットで作った家型の菓子を「へクセン・ハウス」(魔女の家)といい、やはりクリスマスの彩りに欠かせない菓子となっている。ところどころにくるみや砂糖漬の果物を飾るのは、単なるデコレーション目的ではなく、魔女が冬期の食料を備蓄していた様子を表しているらしい。

 こうして見ると、原作通りのパンの家のほうがリアリティを感じるが、ヴィジュアル的にはイマイチ地味である。そこで、挿絵画家によって適宜チョコレートやキャンディなどが加えられ、今あるような「お菓子の家」のイメージが定着して行ったのだろう。

〈「おまえの兄さんがよく太っていようといまいと、明日、あいつを殺して煮るんだ。パンも一緒に焼けるように、あたしはパン種をこねるとしよう」
 グレーテルは悲しい気持ちで、ヘンゼルを煮る水を運びに行きました。グレーテルは朝早く起きて、火を起し、水の入った大なべを火にかけなければなりませんでした。
「さあ、なべの水が煮立つまで気をつけるんだよ。あたしはかまどに火を起して、パンを入れておこう」〉

 最後に、一発逆転の転機となった「かまど」を見てみよう。ヨーロッパのかまどは日本のかまどよりもはるかに大きく、石やレンガ、泥を固めて干したものを積み上げ、ときには人間の身長よりも高いものを作った。魔女の家のかまども、彼女が焼け死ぬくらいなのだから、相当大きなものだったのだろう。かまどの内部には棚のような区切りがあり、上部に鍋を乗せるスペースがあった。魔女が話しているように、パンを焼くその熱で、一緒にスープなどを煮たのである。ここの挿絵は、数ある童話の挿絵の中でも、一番コワイ。かまどが大きかったように、魔女の鍋もまた、とてつもなく大きいのである。

 勤勉なドイツの主婦は、年間を通して、食料の保存に忙しい。夏には森で摘んだ木苺でジャムを作り、秋にはきのこを狩り木の実を拾い、その合間に果物のシロップ漬けやキャベツの酢漬けを作る。痩せた土地柄で、収穫できる農産物が種類・量ともに少なかったドイツでは、まずは無事に冬を越すことが一番の課題だった。その名残で、今もドイツの住宅には、ケラーと呼ばれる地下室がある。ケラーの棚には、瓶詰めにされた野菜や果物が、ぎっしりと並んでいるのだ。魔女は地下室を作るかわりに、家そのものをケラーにして、豊かな食べものを見せつけては、子供たちを引き寄せていたのである。
 しかし、どんなに食料の備蓄を心がけていても、飢饉が続けばやがては底をつく。『ヘンゼルとグレーテル』では、物語のラストで、母親が急死したことがぽつりと語られるのだが、彼女の死因はなんだったのだろうか。この母親は実は魔女の姪で、示し合わせて一緒に継子たちを食べる計画だったのだが、それが破綻したので逃亡した、という説もある。だが私は、子供を捨ててまで口減らしをしても、結局は飢えをしのげず、餓死したのではないかと考えている。異端の存在として森に追いやられた魔女も、もしかしたら飢えのために気が狂い、森に捨てられた子供たちを襲っていたのかもしれない。ふんだんに出てくる甘い菓子の裏には、中世ヨーロッパの、凄惨な飢えの現実が暗示されているのではないだろうか。


文 倉林 章

参考文献
初版グリム童話集 吉原高志/吉原素子 訳 白水社
お菓子の話 やまがたひろゆき 新潮文庫
世界の歴史と文化「ドイツ」 池内紀 新潮社